ブログ 結婚の意味

婚活の中で、結婚するために解決していくべき課題

結婚して解決すること、しないこと

「大西さん、結婚してよかったと思いますか?」

ときどき、カウンセリングに来てくださったお客様からお聞きする言葉です。

もちろん、私は「はい」と答えます。

 

ただ、何が良かったと思いますか?と聞かれて答えた時に、「ん?」という顔をされます。

「人生を自分の思い通りにすることができなくなったところがいいです。

自分のためにだけ生きることは結婚生活では不可能なので」

「え、やっぱり自分のペースとか時間とかなくなりますよね」

「そりゃそうですよ、それがいいことなんですから」

って会話を展開すると本当に嫌な顔をされます(笑)

普通は自分のペースや時間が減ると、「相手によって奪われる」って思いますもんね。好きなことをしていたい。また好きなようにお金を使いたい。でもそれが不可能になる。その不可能がいいって一体どういうこと?ってなりますよね。

今日もテキストから見ていきますね〜

 婚活から結婚までマナブべきことは、「互いに従いなさい」

私自身、本当に超マイペースな人間です。なんというのか好きな時間をもらったら本当に好きな様につかうんですね。何をしたらいいかわからないとかもほぼない。

今は、暇があったら小説も書いていたりします。(小説はこちら「25年後の恋」

2月には地上波の民放のTVにも出ます。(またお知らせします〜)

とにかく、やりたいことをやりまくるんですね。

というと、なんでも好きなことが出来ていいねって思われるかもしれません。

でも、よく考えて見てください。独身だともっと好きなことが出来ます。小説だってもっともっと書く時間を見つけて書くことができるし、メディアの売り込みもどこか事務所に入ってガンガンやるとかっていうことも出来る。

独身っていうのはそれだけ自分の人生を切り開くのに時間を使えるんですよね。

それでも・・・私は結婚を選びますし、結婚をしてよかったと心から思っています。

それはなぜかというと、「人に仕える」ということを徹底的にマナブことができるからです。

よくエペソ人への手紙5章って結婚式で牧師さんが読むやつありますよね。

「妻たちよ、主に仕えるように、自分の夫に仕えなさい」と5章22節からはじまるところ。

これは結婚生活の中で祈り、体現していくことになりますね。私は女性なので。

 

と、ここまでは結構普通の話をしているのですが、テキストは一味違いました。

なんと、21節から取り上げているんですね。結婚については、22節からではなくて、21節からなんだと。スルーすんなと言っているんです。

キリストに対する畏れをもって、互いに仕え合いなさい(エペソ5:21)

これ、前半の「畏れをもって」が、枕詞のようにスルーされやすい。で、後半の「仕え合」うことだけの印象がガッツリ残ってしまう。そのことをテキストの中で問題視されていました。

キリストに対する畏れというのはホラーっていう意味ではなくて、畏敬の念のことですね。なぜ、畏敬の念を持つことができるのか。それは、私達が神様を心から信じているから。

なぜ心から信じられるのか。それは御霊に満たされているから。

つまり、神様との信頼関係ががっつりあって、それでいて最上の尊敬をしている。そのことを前提にしてお互いに仕え合いなさいと言っているということなんですね。

神様との信頼関係ががっつりあるということをテキストでは「御霊に満たされている」と表現しています。

 

「御霊に満たされている」とは、プライドや自意識がなく、だから謙虚になり他者に仕える精神が生まれている、ということです。

これは、どういうことなのかというと、自分の価値、有能さ、すごさをわざわざ何かの見える行為や意思表示によって証明しようとする必要はないことがわかるってことなんですね。

例えば、最近動画におでんをじかに触ったり、モノレールのレールの上にのっかってはしゃいでいる動画をアップしている人とかいるじゃないですか。あれは、目立つことによって自分の価値を証明しようとしているわけです。そうやって悪目立ちしないと、炎上しないと自分の存在感を示せない。存在価値を求める人達がそうやって炎上させるわけです。

でも、神様が私達ひとりひとりを大切にクリエイトしてくれたってことをがっつり信じるなら、もうそれ以上価値の証明は必要ありません。神様は間違わないのだから、私達が存在する価値は絶対的にあるわけです。

その思いをしっかりとはずさないようにする。これが御霊に満たされるということなんですね。

自分の存在価値を認めることができれば、「誰かのためになりたい」という気持ちが自然と生まれる。それが仕え合うという意思につながっていく。

だから、神様をがっつり信頼するつまり「御霊に満たされる」ことがすんごく必要になるということなのです。

何も内側からドラマティックな強さが湧き出て、いっぱい奇跡をおこすことだけが御霊に満たされることじゃない。もしそうやって自分の有能さを証明しようとするならば、それは御霊に満たされている状態ではないというパラドックスさえ起こってしまうのです。

 

結婚は自分の存在価値を相手に証明してもらう手段ではない

一方、結婚をすれば世間体的に安定する。また経済的に安定する。会社から信頼を得る。だから結婚をしたいというモチベーションをほとんどの人は持っています。

だから、世間体や安定、信頼をもたらす相手ばかりを求めてしまう人もいます。

テキストでは結構過激なことが書かれています。

結婚とは、常に依存的な二人、つまり自分の価値や人生の目的がよくわからず、自身の存在意義や意味を相手の存在の中に見出そうとしているような、そういう二人のものではありません。

はっきりいいます。これは神様が望んでいる結婚の姿ではありません。

「互いに仕え合」うからかなり遠いところにあるどころか、真逆のマインドだからです。

むしろ、相手の存在価値を高めるお手伝いをしていくこと、これが仕えることと言ってもいいかもしれません。これには自己犠牲が伴います。相手が見返りをくれるとはかぎりません。

特に婚活の場合、どんなに相手の存在価値を高めてあげたいと愛情を注いでもうまくいかないことのほうが多いかもしれません。それでも自分は価値がある存在だと思う事自体が難しいこともあるでしょう。

だから、パウロは、18節で「御霊に満たされ続けなさい」と命令しているんですね。もし、神様を信じたら辛いことが起こらないなら、こんな命令いらないですものね。

神様を信じ、自分の存在価値を認める。そうすると、自然に人に仕える気持ちが湧き上がる。その気持ちこそ、愛なんですね。

クリスチャンの婚活は本当に祈りの中で行われなければいけない。じゃないとこんな愛なんて自力で沸き起こらないですよ、普通に考えて。奇跡的に祈りの中で愛をいただいてそれで出会っていかないと、枯渇してしまいますね。

愛を祈り求めるというのは意思表示と決断でもあります。愛は放っておけば湧き上がるものではなく、意思であり決断だということも本を読みながら改めて痛感しました。

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